カニ日記

息子の成長と日々の記録

夏のおわりのビールとかき氷

秋の気配。そろそろ夏も終わりか。生活が少しずつ落ち着いてきたので日記を再開。

8月24日(金)
お昼に仕事の出先でたまたま入ったイタリアンのお店がとても美味しかった。広い店内で動き回る店員さんが気取り過ぎずかといって感じ悪くもなく、ほどよい距離感で見放されていて、スパイスやハーブが利いたピザや癖のあるチーズが和えられたパスタは普段食べ慣れていない外国の味がして、私はたった今イタリアの観光地にいるのでは、旅行三日目で少し疲れが出てきた頃で明後日帰国するのでは、ここはガイドブックに載っていないが地元民の評価が高いと噂の食堂では、と錯覚した。一緒に食べていた人にそれを言うと分かったような分からないような感じだったが「荷物になるからおみやげは明日買った方がいいですね」と言うと「そうですね」と乗ってくれて嬉しかった。いつもお弁当かコンビニなので、たまに外で食べると嬉しい。まだまだ蒸し暑い。

夜、一度家に帰って簡単にごはんを食べてからサイと近所の盆踊りに出かけた。駅前広場の中心に櫓が設置され、広場の端にかき氷やたこ焼きの屋台が数軒出ている小さな規模の盆踊り。ビールが売っていないことに気づき飲みたいなぁとそわそわしていたら、広場の向かいの居酒屋さんが盆踊りに合わせて持ち帰りビールなるものを350円で提供していた。やったー、生ビール久しぶり!!サイがかき氷を欲しそうに眺めていたので一つ買った。蛇口のついた透明の箱に入った赤や黄色や青の色鮮やかな科学的な色をしたシロップが味の表記と共にずらっと一列に並んで屋台の光で照らされて発光していて、夢の中でいつか見た光景のような、この世のものでないくらい美しかった。サイと一緒に蛇口を捻って色んな味のシロップを少しずつかけた。サイのカラフルなかき氷と私の透明カップに入った生ビールをコツンとぶつけて乾杯した。ああ夏。周りを見渡すとビールを飲んでいる人は誰もおらず、土地柄なのか、と小さくなっていたら赤ちゃんを連れたお母さんが私と同じ生ビールを飲んでいて仲間を見つけたような気持ちになり心の中で乾杯した。抱っこひもをしたお父さんと赤ちゃん、浴衣を着た美しい青年、生き生きした表情のおばあちゃん達、櫓の周りでぐるぐる周りながら踊る人を見ていたら人の原始的な衝動のようなものを見た気がして、胸がしめつけられてその光景を見ながら急に泣きそうになった。今まで盆踊りを見てこんな気持ちになったことはなかった。アンパンマン音頭が始まって、サイに踊るか聞いたらそれまで張り切っていた割りにいざとなると怯んで踊りたくないと言った。だから子ども達が踊る様子を二人で外から眺めた。子どもだけもらえるお菓子をもらって帰ろうとしたらサイがスーパーボールすくいがやりたいと言って聞かず、あー絶対ゴミになるなーと思ったが体験料だと思ってOKした。水の中を流れるプールのようにぐるぐる泳り続けるスーパーボールがキラキラして綺麗だった。サイは慎重に掬って大漁だったがそれは練習で本番では一掬いよと店のおばさんのルールを守って一回だけにした。家に帰ってピンクのボールがかわいいね、と言って二人で眺めた。踊ったわけではないしただ外でビールを飲んだだけだがこの夏初めて夏らしいことができた気がした。


8月25日(土)
午前中、洗濯掃除。昼、Kくんのお母さんが遊ぼうと誘ってくれたので図書館。数か月ぶり。先日生まれたばかりのKくんの弟に初めて会った。抱かせてもらうといい匂いがして暖かくて「赤ちゃんは無条件でかわいい」という忘れかけていた感覚が蘇ってきて変な声が出た。私が笑いかけると歯のない口を開けて笑ってくれた。あああかわいい。サイは私が赤ちゃんを抱いているのを見て嫉妬しているようだった。その後マクドナルド。子連れ外食はファミレスかファーストフード店くらいしか行き先がない。

別れてスーパーと商店街に寄る。魚屋さんが改装中で閉まっていた。残念。八百屋さんでトマトととうもろこしと梨を買う。商店街の入り口にある入ったことのない昔からありそうな本屋さんに入ってみたら、置かれている本のラインナップが最高で「あぁ~~いいよいいよ~」と心の中で絶叫していた。店は狭く置かれている冊数は多くないが、漫画棚には萩尾望都高野文子杉浦日向子つげ義春が数冊ずつ置いてあり、文学棚には町田康の『ギケイキ』がありうおおおおとなった。版元から送られてくる新刊を何となく並べるのではなく、ちゃんと売りたい本を置いている感じが最高だなと思った。こういう街の書店に数年に一度出会うことができると書店で本を買う意味を見出せて嬉しくなる。スタンプカードも作ってもらった。サイが欲しいと言った『おしりたんてい』と私は日記特集の『kotoba』という雑誌を買う。初めて買う雑誌だし雑誌にしては高かったが日記を書くことと読むことについて作家を挙げて書かれていて、これは読みたいと思った。カルチャー誌というのだろうか、こういう雑誌が最近どんどん廃刊になっているのが寂しい。ネットで記事を読むより紙を指でめくりながら読む方が何となく私には合っている気がする。とはいえ贅沢できないから今後は本当に必要だと思うものだけ買わなくてはいけない。

帰って布団で寝転がりながら『おしりたんてい』を読んで昼寝。『おしりたんてい』はアニメで先に知った。本は途中迷路やクイズもあって小学生低学年向けのようでサイには少し難しかったようだが喜んでいた。ポプラ社なので構成がゾロリに似ている。アニメの声を真似して低い声で読んだら喜んでくれた。しかしおしりをそのまま顔面にしたキャラクターってアラレちゃんのニコチャン大王以来の衝撃では…。子ども達の間で流行っているらしいが、子どもはおしりがとにかく大好きなのでそりゃあ受けがいいに決まっている。でもおしりたんていは下品な発言はせず、常に紳士な態度(そしてなぜか七三分け)なのでNHKでもアニメ放映できるのだろう。夕食は冷やしうどん。手抜き。


8月26日(日)
ルパトレンジャーは相変わらず面白かった。圭一郎がジャングラーの攻撃で記憶を失くしそれを皆で取り戻す話。最近観始めた人に理解してもらえるよう、という大人の事情か回想が入って過去の放送の映像が多く流れた。サイは過去に観たものを覚えているようだった。圭一郎役の俳優さんの劇画みたな表情がいいし、他の俳優さんの演技も素晴らしく、撮影が進んで最初よりお互い息が合っているのが伝わってきて嬉しくなる。戦闘シーンももちろんかっこいいがレンジャーの時は違う俳優さん(多分)なので、変身前の素の時の彼らが何気ない会話したり花火を見ているシーンが個人的にぐっとくる。仲が良いのに深く交わり過ぎない絶妙な関係を保つ彼らがいる世界が終わってしまったら悲しいなと既に最終回のことを考えて寂しくなってしまった。はなのおばあちゃんが出て来るプリキュアもよかった。はな(キュアエール)は人や物に感銘を受けると「めっちゃいけてる~!」と言うがその言い方が好きだ。真似して叫びたくなる。


8月27日(月)
朝からサイとクッキーを食べた。挨拶用に買って余ったやつ。私はクッキーが好きなのでサイが起きる前にも台所で立ったまま2枚食べたことはサイには内緒だ。サイは珈琲味の茶色いクッキーを「これはおかあちゃんね、おとなだから」と私にくれ、自分はピンク色のジャムがついたクッキーを選んでいた。

夕食は昨日の残りの親子丼。昨晩食べてお弁当にもしたのでさすがにもう飽きた。でも雨が降りそうだったので別の食材やおかずを買いに行けなかった。サイは昨日と同様拒否したので(あんなに大好物だったのに…涙)、ポケモンカレーに親子丼の具をちょっと混ぜてごまかした。私も味を変えたくて親子丼の上から余ったポケモンカレーをかけてみたらまあまあ美味しかったが甘すぎたのでもう少し辛いカレーが食べたいなと思った。サイは人参を食べると約束してアイスを食前に食べたのに、人参を食べなかった。叱りたくなくて「えぇーかなしいな」と残念そうに言うと二つ三つ食べてくれたので合格とした。

夕食後、雨が降り出し雷がゴロゴロ鳴っていた。サイと布団でシェルターを作って隠れて「わーこわい!にげろ!」と言って遊んだ。

さくらももこさんが亡くなったと知り驚く。乳がんだったとのこと。他人事とはまったく思えず最近さぼってしまっていた検診に近いうちに行こうと改めて思ったり、自分が今死んだらサイはどうなるのだろうとすごく考えた。『永沢君』を本棚から取ってめくっていたらサイは「たまねぎくんだー」と喜んで読み始めた。読むとはいえ文字が読めないので絵を眺めるだけだが。私が一週間ほど前にその時既にさくらさんが亡くなっていたとは知らずサイが初めて『ちびまる子ちゃん』を手に取り読んでいたので「これは永沢君、たまねぎみたいでしょ」と教えてあげたことをちゃんと覚えているようだった。サイが自分の好きな漫画を手に取ったのとその作家が亡くなった時期が偶然重なったのは不思議だがそういうものなのかもしれない。亡くなった知らせを受けて急にこの作品が好きだと主張したり想いを綴るのは鳥肌が立つというか違和感がある気がするが、さくらさんについて思うことがたくさんあるので気持ちの整理がついたら追悼の意を込めて書きたいなと思っている。朝までぐっすり寝た。


8月28日(火)
朝起きてドンドンという音がしていたので「おまつりかな」とサイは私に聞いたがそれは近くの中学校(?)でサッカーを練習している音だった。こんなに朝早くから偉いなぁとかつて自分も若かった時が遠い過去のように思えた。今日は顔の調子がまあまあよかった。とはいえそれは自分の中でのこと。よく眠った上に雨あがりの湿気で肌がいつもより乾燥しておらず髪が落ち着いていただけかもしれない。最近化粧を薄めにしている。日焼け止めと下地の上に薄くリキッドを塗りフェイスパウダーでおしまい。目はマスカラとシャドウはせずアイラインのみ。忘れた時にキオスクで適当に買ったレブロンの赤リップは皮が剥けないし取れにくくて発色がいい。伊勢丹に行きたい。秋色の口紅がほしい。基礎化粧品は面白くないが、色つきのメイクは絵の具を選ぶみたいにわくわくする。仕事以外何も予定はないがお気に入りのワンピースを着たら気分が上がった。

帰りにコンビニに寄ったらサイはプリキュアのぬりえが欲しいと言って聞かなかったので数日間おやつを買わないという約束で買った。帰宅したらいつも食べるおやつも食べずテーブルに座ってぬりえに没頭し始めた。買ったぬりえにおまけでついてきたルパパトのぬりえをしていて、色も綺麗でものすごく上手に塗れていたので驚いた。数か月前まで枠内に違う色を塗ることが理解できず癇癪を起していたサイが今ではこんなに…と思うと涙ぐんでしまった。「ないちゃうよ~」と言うと「おかあちゃんのことすきだからなかないでよ」と言われた。夕食ができても「たべない」の一言で締め切りに追われた漫画家のように集中していた。だからテーブルの隅にごはんを置いて「先に食べるね、サイくんのはここ置いとくね」と断って自分だけ食べていたら「うん」と言いまだ塗っていた。嵌らないと注意力散漫だが嵌ると物凄い集中力を発揮するところが私に似ている。サイは色鉛筆を握りながらもう片方の手で食事していて本当に忙しい漫画家のようだったので笑った。自分の親は食事のマナーに厳しかったのでこんなこと絶対許されないだろうが、私はサイが今したいことが周りの迷惑にならないならできるだけ優先させてあげたいので塗りたいなら好きなだけ塗ればいいと思った。食事を終えてもサイはまた塗り絵をしていた。すごいね~と褒めると満足そうだった。鉛筆削り(ハンドルの)の使い方を初めて教えたら興味津々でやりたがり、何度か一緒に削った後は自分で削っていた。削れた部分が落ちて溜まっていくのを「きれい~」「あかいいろだ~」「あおいね~」と眺めていた。結局お風呂に入った後も布団の上に色鉛筆を持ち込んだくらいだった。


8月29日(水)
サイは朝起きるなり、怖い夢を見たと言って泣いた。どんな夢か聞いたら私が車に乗ってぶおーんとどこか遠いところに走り去ってしまう夢らしい、。「大丈夫、絶対どこにも行かないよ」と抱きしめた。それから朝ごはんにバナナを二本食べた。私はいただいたスコーン。保育園に行きたくない、家でぬりえをしたいから手伝って欲しいとぐずられたので「帰って来てからしよう」と宥めたが納得いかないようだった。どうしてもぬりえをしたいと言ったので「保育園に持って行ってもいいんじゃない?」と提案すると「せんせいにだめっていわれちゃうよ」と言うので「大丈夫、先生には話しておくから」と言うとそこまでするのもなと思ったらしく結局諦めた。持って行くならそれでもいいと思ったのだが。

昼休みに入ったことのない雑貨屋さんになんとなく入ってみたら店のマダムが偏った趣味で選んだらしい雑貨が自分の好みドンピシャであれもこれも欲しくなった。ネコのスリッパやアンティークの食器、人魚のブローチ、美しい包み紙の外国の石鹸…どれも欲しかったが、我慢して週末に結婚パーティーがある知人のお祝いにプレゼントを買って店を出た。ほくほくした気持ちになった。

お迎え。サイは私に見せようとブロックで作ったトラックとクレーンを解体せずに置いておいてくれたらしい。でも見せずに教室を出てしまったため何か私に言いたそうにもじもじしていた。どうしたの?と聞いていると先生が出てきて「サイくん、ママに見せるんじゃなかったっけ」と言ってくれたのでサイはほっとしたようだった。ちゃんとタイヤもついていてすごい。見せようと置いててくれたなんてああ本当にかわいい。見せた後は意外にあっさりとブロックを解体して箱に入れているのを横で待っている間、教室に担任の先生がいたので「急にぬりえが好きで没頭して食事中もやるくらいなんですけど保育園でもやってるんですか」と聞いてみたら「そうなんですよ、こんな感じのをやっています」とぬりえの用紙を見せてくれた。それから、「これは私達が普段つかっている道具箱なんですけど」と先生がそれぞれ使っている道具箱を指さして「この箱についている顔は実は全部サイくんが描いたんです」と教えてくれた。箱には丸く切った紙にそれぞれの先生の似顔絵が描かれていて、どれも目や口のバランスに変化があり表情豊かでひとつひとつ違った。私はサイがここまで絵が描けると知らなかったので心底驚いた。「ええ!!?サイくんがこれ全部描いたの?」と聞くとサイは照れくさそうに頷いた。知らなかった。いつの間にこんなに絵が上手に…。涙が込み上げてきたが先生の前で泣くのは恥ずかしいので我慢して「すごいですねー」と笑ってごまかした。サイはいつも私に「○○かいて~」と言い自分は描かずに私が絵を描くのいつも隣で見ていた。それをずっと見ていたからだろうか。サイは絵を描くのは嫌いだとずっと思い込んできた。まだまだ知らないサイがいることが私は嬉しくて驚いたし、もっと色んなサイを見つけたいと思った。

百均、薬局、スーパーに寄って帰宅。百均にハロウィンの飾りが売っていて「はろうぃんだね」と教えてくれた。サイは何でも知ってるなぁ。夕食、入浴、就寝。サイが寝た後アイスを食べようと思っていたが朝まで寝てしまう。


9月1日(土)曇り時々雨
Nさん・Hさん夫妻の結婚パーティーに呼んでいただいたのでサイと参加した。パーティーは難しいかなと思っていたら小さな温泉をまるごと貸し切った気取らない宴会で子どもも大歓迎と夫妻から聞いていたので参加することにした。いつもは乗らない東急池上線に乗り会場の最寄駅で下車する。池上線の車両で偶然知り合いに会い、ほっとする。サイは知り合いの気を引こうと車内でも駅に着いてからもテンションが異様に高かった。「やまんばがくるよ」と言ってもなかなか大人しくしてくれなかった。保育園で読んでもらった絵本で山姥が出てきたらしい。どんな話か知らないが我が家では「普段は富士山に住んでいてサイが悪いことをしたときに怒って下山して家まで来る」という設定にしている。なぜ富士山かというとサイの知っている唯一の山が富士山だから。

夫妻の結婚式の写真を次々に映しながらNさんがスライドショー的にコメントしたり(これがめちゃくちゃ面白かった)、ケーキ入刀の代わりにスイカ割りをしたり、アンケート用紙に書いた質問に二人で答えたり、参加者飛び入りのカラオケ大会が行われたり、宴会の最初から最後まで二人の人柄が溢れ出るあたたかくて緩やかな時間だった。Nさんの友人の狐火さんという方が朗読調のラップを披露していた。狐火さんのライブを観たことはなかったので嬉しかったが途中サイがトイレに行きたいと言い全部は聴けなかった。詩やラップの世界に詳しくないが、元々音楽より本の方が親しみ易い私にとって、台詞が語られるように歌われるこのような音楽のスタイルは馴染み易く興味深かった。狐火さんのパフォーマンスや歌詞はこれまで生きてこられた情景や感情が高音で炙り出され言葉が次々と浮かび上がるのが目に見えるようでひりひりした。私も他の人も皆惹きこまれるように聞き入っていた。

会場の温泉は絨毯に染みついた子どもの頃知っていたような匂いや籐で編まれた椅子、そこへ降り注ぐ光、瓶ビールとコップを出してくれるエプロンをつけたおばちゃん達の人柄の良さ、そのどれもが愛おしく、大いに盛り上がる宴会のふとした瞬間に歴史の陰にすっと入り込みたった一人で埋没できるような不思議な心地良い暗さがあった。大人数の集まりが苦手でパーティーなど避けて生きてきた私でも居られる場所だった。そういう場所をお祝いの場として選んでくれた二人に愛おしさを感じた。参加者が楽しそうに酔って笑ったり歌ったりしている様子をサイといることであまり酔わずにいた私は少し離れて座って微笑ましく眺めていた。そういう私みたいな人は何人かいた。自由だった。日も暮れて窓の外がすっかり暗くなった頃、集合写真を撮って解散した。傘がなかったので降り出した雨が止むのをロビーで待っているとまたどこか遠い旅先に来た錯覚がした。帰りの電車でたまたま狐火さんと一緒になり、宴会中に伝えられなかったライブの感想など伝えた。行きと同じようにサイのテンションは爆上げで落ち着きがなかったが最寄駅で降りる直前に電池切れになり突然パタンと眠った。駅を降りてサイを起こし、富士そばへ行き二人で並んでそれぞれうどんとラーメンを食べた。ラーメンは初めて食べたが美味しかった。そして居心地が良い。富士そば愛してる。帰宅してサイは体力の限界という感じですぐに眠った。私は何だか眠れず二人からもらった手紙を読んだり電話したりしてから明け方眠りに就いた。


9月2日(日)雨時々曇り
ゆっくり起きてプリキュアとルパパト。友達にもらったお花が可愛い。サイと一緒に「おいしい~?」と話しかけながら水をやった。遅めのお昼でマクドナルド。テラス席しか空いていなかったが暑くなくて気持ち良かった。毎年食べ逃していたが五年越しくらいで念願の月見バーガーを食べられて満足。これで無事に秋を迎えられるかも。私は早々に食べ終えたがサイは玩具の組み立てに夢中で結局食べ残したチーズバーガーを私が無理矢理食べた。その後買い物。鮭を買いたかったが商店街の魚屋はまだ改装中だった。店の前で「あーまだかー」と独り言のように言うと知らないおばさんが「私も毎日来てるのよね、でも○日からだって!」と声をかけてくれた。八百屋でこないだ買って甘くて瑞々しかった梨を二つ。私は帰って昼寝したかったがサイは公園に行きたいと言い、しばらく滑り台や遊具で遊ぶ。サイは自分より幼い子に「あぶないよそこは」「ほらやってごらん」などしきりに話しかけてお兄さん面をしていた。

帰って夕食前に昼寝し出したサイは夕飯ができても起きず私は一人で先に食べた。いつも眠る時間になっても起きず何も食べていないのが少し心配だったが起こすのもなと思い様子を見つつ放っておいた。生まれた直後からよく眠る子だった。産院を退院して3日後くらいから夜泣きはあったが夜から朝まで何時間も眠ることもあり、いい子だなと思っていたら検診で助産婦さんに「それはダメです、起こして授乳しなさい」と怒られてたのがどうも納得いかなかった。眠っている人を起こすことがどうしてもできない。

思いも寄らず静かな夜を迎えたので前野健太さんのラジオ「前野健太のラジオ100年後」をじっくり聴くことができた。歌詞の朗読コーナーが特によく、偶然にも大森さんの『死神』が朗読されていた。今まで名前と顔くらいしか知らなかったが前野さんの語り口や話に感動し、その余韻のまま公式サイトに上がっているMVを全て観た。曲もすごく気に入って久しぶりにはまりそうな人に出会えたことで気分が高揚した。しかしあの色気はなんなんだ。好きになってしまう。ファンは前野さんのことをマエケンと呼ぶらしい。長年のファンからすれば今更魅力に気づいたのかという感じだろうが私はいつだって人より何歩も遅い。まだまだ知らない人が世の中にたくさんいる。知らずに死ぬのはとても悲しい。だから人生もそろそろ折り返し、ぼんやりしてないでアンテナをぴんと張っておかないと。結局サイは夜中に一度起きた後またすぐ眠り明け方まで起きなかった。土曜日の疲れがたまっていたのかもしれない。朝、少し肌寒かったので湯を溜めて二人で浸かってから新しい一週間を迎えた。


嫌なことを一掃したいが終戦後の地雷のように残り続ける。しかし平穏な毎日が過ごせることが今は嬉しい。今まで何気なく聞いていたプリキュアのキャッチフレーズが最近胸に響く。「輝く未来」だなんて小学生の書初めかよと最初は思ったけれど未来が輝きを失って朽ち果てていたら悲しい。とはいえ天地創造や他力本願でなく自己発電で輝かせなけばいけないし結局キラキラの尺度は自分でしか判断できない。平成最後なんて言っている場合ではなく、もっと尺度の大きな、いつだって人生が終わる可能性と共に生きているという気持ちが最近ずっとある。だからしたいことは今しないと。などと考え自転車を漕ぎながら台詞を空に向かって叫んでみる。

なんでもできる、なんでもなれる、輝く未来を抱きしめて。