カニ日記

息子の成長と日々の記録

春がきたから踊ってみようか

3月13日(水)
午後から東京芸術劇場にて舞台『世界は一人』観劇。上京したての頃、池袋の西口に行くのが怖かったが、今は何とも思わない。パンでも食べようかと思っていた西口公園は工事中で塀に取り囲まれていた。何やら立派な公園ができるらしい。よく晴れていて、暖かかった。バス停の横で下に座って将棋を打っているホームレスのおじいちゃんたちがいた。

チケット代が今の生活を考えると安くないから迷っていた。でも前野さんのラジオを聴いているとどうしても行きたくなり、数日前にチケットを取って休みを取って行くことを決めた。大人になってから劇を観るのは初めてだった。左右に突き出したバルコニー席だったので二階席でも俳優さんの表情がよく見えた。ミュージカルとはまた違い、会話と歌の境目が曖昧で、自由に行ったり来たりする心地良さに酔った。俳優さん達の言葉や歌、マエケンの歌声やバンド演奏が混じり合って新しい生き物が生まれ、大きくなったり小さくなったり呼吸しているのが目に見えるようだった。挿入歌がとてもよかった。マエケンが歌ったり語る姿を初めて生で観た。時にさざ波のように、時に嵐のように心臓の奥深くに迫ってきた。きっと私服であろう赤いチェックのロングシャツがとても似合っていた。松たか子はなぜあんなに歌が上手いのだろうか、濁っていた空間に声が溶け込んで透明になっていくようだった。瑛太は演技であることを忘れるほど台詞や動きが自然だった。歌もとてもうまい。松尾スズキは小学生を演じている時は本当に小学生に見えたし、お父さんの時はそう見えたし、ものすごい。三人とも彼らが演じる人物がそれぞれの人生で捨てられず古い毛布のように引きずってきた何かが見えた。過去は過去としてずっと側に横たわり、誰と関わろうと何に変わろうと引きずってきた何かは誰とも共有できない。人は孤独だということに対する諦めや肯定、僅かな抵抗と怒り。頭の中をさまざまな想いが駆け巡った。

長時間集中して、視覚聴覚をフル稼働しぎゅうぎゅうに詰め込んだせいか、終わってから眩暈と頭痛がした。休日は賑わっているが平日なのでほとんど誰もいない屋上でココアを飲んだり雀にパンをあげたりしながら観た劇のことを考えていた。夕方、お迎え。帰宅。頭痛がおさまらない。


3月14日(木)
相変わらず頭が痛いのでロキソニン。劇のことをまだずっと考えていた。後で読もうと思って買ったパンフレットが美しい。


3月15日(金)
頭痛おさまった。ドラえもんとしんちゃんの時間がやってくるとほっとする。


3月16日(土)
Sちゃんと娘のIちゃんとサイと私の四人で銀座に行った。最近毎週末遊んでもらっている。待ち合わせ前に本屋で仮面ライダーのガンバライジングカードの攻略雑誌を買わされる。マクドナルドでお昼を食べて行きたかった和菓子屋さんに寄ってから松屋シルバニア展へ。

想像以上に盛況で会場内は息苦しくなるほど大混雑だった。サイはギリギリ展示ケースに目が届く身長だったがIちゃんは届かないのでSちゃんがずっと抱っこしてあげなければならず、辛そうだった。サイと展示や美術館に行くとどうしても展示の仕方ばかりが気になってしまうから明らかに難しそうな場所には連れて行かないことにしている。藤子ミュージアムジブリは子ども目線で見られる展示が多かった。シルバニア展は子どもが多く来場するだろうから子どもの身長でも見やすい高さに設定してはどうだろうと少し思ったが、大人もたくさん来るだろうしそれはそれで難しいのかもしれない。シルバニアの世界は自分が思っていたよりも精巧かつリアルに作られていて、ドールハウスやミニチュアが好きな私は楽しかった。サイもかわいいねと喜んでいた。人が多すぎたのでじっくり観ることは諦めて30分程度で出た。

シルバニアの世界はファミリーというぐらいだから、両親が揃っていて子どもも二人以上いる「理想の家族」だ。ショコラうさぎさん一家、くまさん一家、動物ファミリーごとに違う職業を営んでいる。その欠けのない家族構成・就業状態に幼少期は疑問を持つことはなかったが、大人になった今なんとなく苦手に感じる。家族のいない独り身の無職の動物なんてこの世界にはいない。入ることを許されないのかもしれない。それって少し怖くないか。

そんなひねくれた感情で展示を見ていたら、妖精シリーズがあまりにもかわいくてときめいた。妖精は一人で家族がいないようだった。しかも他の動物のように職に就いていないようだった。ただそこにいるだけ。妖精、なんてかわいいんだ。廃盤らしく物販には売ってなかったのでメルカリで探してみたら高額だった。復刻してほしい。

人混みで疲れたのでその上の屋上でしばらく休憩。和菓子屋さんで買った揚げ饅頭がおいしかったがサイもIちゃんも食べなかった。おやつを食べてから二人は花壇の間をけらけら笑って走り回ったり、神社の水に興味深く近づいていた。そのうち、1歳くらいのよちよち歩きの外国人の赤ちゃんがいて、いつの間にか二人は三人になっていた。サイはお兄さんスイッチが入ったのか、腰を屈めて赤ちゃんの顔に自分の顔を近づけて「ミルクのみたいの?」としきりに聞いたり、しまいには自分のおっぱいを出していた。そんなサイの姿を見たのは初めてだったので驚いた。赤ちゃんがいなくなっても二人は他の知らない子どもとも遊んでいた。子ども同士の世界はすごい。空がどんより暗くなってきたので慌てて屋上から降りて駅に向かう。案の定、夕立があった。夕立がけっこう好きだ。明るい空から降り注ぐシャワーみたいな雨。最寄り駅に着いたらすっかり晴れていた。夕食は肉じゃが、じゃが芋抜き。

やっぱりいた方がいいんだろうな、と兄弟がいないことについて帰ってからもやもやと考えた。仕方ないけれど私といつも二人というのはサイにとってはよくないかもしれない。今日みたいに遊んでくれる友達がいることがサイも私も嬉しい。


3月17日(日)
日曜の朝はプリキュアが始まる30分前に起きるとちょうど良い。その前に朝食準備、洗濯機のスイッチを入れ、朝ごはんを食べながら三本(プリキュア仮面ライダー・戦隊)観て、終わってから洗濯物を干す。ということを毎週やっていたら身体で覚えた。仮面ライダーはますます面白い。戦隊は今日からリュウソウジャー。私はまだルパパトロスであまり入っていけなかったがサイは集中して観ていた。どうやらレンジャー達は人間ではない設定のようで、ゲーム的というか神話的だった。師弟関係や伝説の恐竜に頭がまだついていけない。

お昼ごはんは昨日のじゃがなし肉じゃがの残りを卵でとじて丼。サイはうどんにその具。それからサイの希望で池袋に出てガンバライジングカードとブットバソウルメダル。慣れないゲーム機械の画面を長時間見ていたら疲れた。いいメダルが出たのに、家に帰ったらないことに気づいた。機械に忘れてきたらしく、店に電話したが見当たらないと言われた。「またかえばいいよ」とサイはそれほど落ち込んでいないようだった。物を大事にしてないような気がして、悲しくなった。なんでも買い与えすぎだろうか。その分自分は我慢しているのにな。最近服だって一枚も買っていない。難しい。

晩ごはんはサイの希望でまたか…と思いつつカレー。私が野菜を切るのを興味深そうに横で見ていた。夕食後、サイはお絵描き。前よりずいぶんうまくなった。


3月18日(月)
早く目が覚めても月曜が始まると思うと布団から出られない。とはいえ休むわけにもいかないので布団から出てサンドイッチを作って出社した。今日はハムとアボガドとオムレツ。マスタードを塗るだけでサンドイッチらしくなる、ということを最近知った。

夕方、お迎え。サイは今日から3階の新しい部屋。一番上の学年が卒園したので部屋が空いたらしい。サイは新しい部屋で今まで見たことない玩具で遊んでいた。私がぼんやりしている間にもサイは成長していく。そういうことをふと考えた。晩ごはんは二日目のカレー。サイが寝た後、図書館で借りた桐野夏生の『アイムソーリー・ママ』読了。桐野さんが描く悪女が私は好きだ。寝る前に読むような本じゃない気がしたが普通に眠れた。読書灯が欲しい。


3月19日(火)
春を通り越して夏みたいに暖かい日だった。半袖の人も見かけた。昼はサンドイッチ。昨日と同じ具。オムレツに残ったカレーを入れてみた。

夜サイが寝たあと、Fさんと電話。2時間半も話してしまった。Fさんの髭について質問した。あと夏にどんな格好をするのが好きかとか、壊れた眼鏡の話とか、私がこないだつけていたイヤリングの話(あんなのつけてる人見たことないよと言われた)とか、いろいろ。Fさんは夏でもシャツを着るらしい。それってすごくいいと思う。季節に関わらずシャツを着る男性が好きだ。Tシャツよりも色気がある気がするから。マエケンのシャツ姿も好き。


3月20日(水)
今日も暖かい。ぽかぽか陽気で春だ。

お昼は先輩と週一ランチの日。今日はどこへ行こうかとあてもなくふらふら歩いていたら新しく海鮮居酒屋のようなお店ができていて、ランチもやっていたのでそこへ入ってみた。店名がついた海鮮丼を頼む。しらすが食べたかったので嬉しかった。醤油をかけようとしたら醤油入れを落として味噌汁に衝突し、お椀ごとひっくり返して大洪水。手提げもスカートも肩からかけていたストールも全部味噌汁まみれ。慌てて拭いていたら何も言ってないのにすぐ店のおじさんがたくさん布巾を持ってきてくれて、その後ささっとお盆も味噌汁も副菜も丼以外全部新しいものに取り換えてくれた。その気遣いに感動した。ちょっと怖そうな人だなと思ったがとてもいい人だった。店を出る時に礼を言うと「いえいえ」と言われた。海鮮も美味しかったし、また行こう。それにしてもぼんやりしすぎ。「洗わないとね」と先輩に言われ、味噌汁の匂いを放ちながら会社へ戻った。

晩ごはんは持ち帰りの巻き寿司とその横の精肉店で焼き鳥を数本。サイは最近焼き鳥が好きらしい。平日はどうも晩ごはんを作る気力がない。手作りじゃないと愛情がないという意見を見かけたことがあるが、結局作る時はできたものからお腹を空かせたサイに食べさせるため、私はまだ台所にいて途中までサイ一人で食べることが多い(とか、最初少し一緒に食べてから私はまた台所へ戻ったり)。買ったものだとすぐに一緒に食べられるし食後もゆっくりサイの相手ができる。慣れたが、世間で子育てはこうであるべきとされる形は両親が揃っていてのことな気がする。完全に大人一人でやる時は色々と妥協も必要だ。


3月21日(木)
昼過ぎ、SちゃんIちゃん親子と目黒で待ち合わせして、駅前でお昼を食べてお花を買ってから青柳カヲルさんの個展へ。Sちゃんと最近頻繁に会っている。サイと二人では諦めてしまう場所にSちゃんがいてくれることで行けている気がして、とてもありがたい。個展も、行きたいけど連れて行くのは道中大変そうだし、一人になる時間もないから難しいという話になって、それなら一緒に行かないかと私から誘った。二人きりよりも、親子が何組かいた方がたとえ子どもの人数が増えても大人にとっても子どもにとっても行動しやすい、ということを最近学んだ。一人が何かしたい時にもう一人の大人が子ども達を見ておける状況はすごく重要だ。トイレとか、何かちょっとしたものを買いたいときとか。Sちゃんはいわゆるママ友だけど私はママ友だと思っていない。子どもがいなくても繋がれる人だと思っているし話す時は子ども以外の話をすることが多い。

ギャラリーまでの道のりは風が強かった。買ったお花が折れてしまわないか心配だった。展示は色んな感情に包まれてすばらしかったし、青柳さんはとても優しかった。サイは作品に勝手に触ろうとしたり、大声を出したり、他のお客さんに失礼なことを言ったり一刻も早くここを退出しなければと恥ずかしくなったが青柳さんは嫌な顔ひとつせず(といってもお面を被られていたので顔は見えていないわけだけど、わかる)、サイに話しかけてくださった。のでサイは全く怖がることもなく、お面の下はどうなっているのか、靴はどこに置いてあるのか、あの扉の奥には何があるのか、私ではなく青柳さんに直接問いかけていた。地図が好きなサイはギャラリーの配置と解説が書かれた紙を見せて「ここはどこ?」と確認していた。
帰りに目黒川にかかる橋からお城みたいなラブホテルが川沿いに建っているのが見た。童話に出てくるお城みたいで、一瞬、自分がいるのが現実なのか夢なのかわからない感覚なった。桜が咲いていた。サイは拾った葉っぱを川の下に落として遊んでいた。それを私はぼんやり眺めていた。びゅーんと風が通りすぎた。春だ。

Sちゃんと別れてから、帰りにサイとの約束通りユニクロに行って仮面ライダーのTシャツを買い、屋上で少し遊んでから帰った。


3月22日(金)
朝起きて月曜日のような気分になりぞっとしたが、明日からまた休みだと思うと幾分元気になった。二日休んで五日働いてのリズムができているので、身体のリズムが崩れて混乱する。夜、いつものようにピザを食べながらドラえもんを観ようとしたらドラえもんではなく警察24時間みたいなのがやっていて、二人で落ち込む。番組の入れ替え、年度末だなぁ。


3月23日(土)
朝から区が企画したひとり親の集いに初めて参加。話している間サイを預かってくれるのがありがたい。ここでのことはSNSなどで口外しないように、と始まる前に念押しされたからどんな話が飛び出すのだろうと構えてしまったが割と普通の話だった。ほとんど子育ての話。子育てにおいては他人にこうするのが良いと意見されるのが私はあまり好きでないし、子育て本も漫画以外は読まないので、聞いてもふーんという感じでぼんやりしていた。状況も違うわけだし一概にこれが良いというのはなんか違う気がする。でも知らなかった制度など教えてもらえたりした。参加していた親子と一緒にお昼を食べてしばらく公園で遊んでから別れた。刺激になったが家に帰ると知らない人と話したことで、どっと疲れが押し寄せた。複数の人と話すのはやはり私には向いていないようだ。

公園にはバルーンアートをする大道芸がいて、サイは風船のねずみをもらってご機嫌だったが、いじくっていたら割れてしまい大泣き。お金も払ってないのに大道芸人のところまで行ってもうひとつ作ってほしいと頼むのもなんだか気が引けるなと躊躇していたら、行動しない私に対してサイは怒って泣き叫び、結局別のお母さんが頼んでくれて新しいねずみをもらった。いろいろ疲れたなーと帰路に就いていたら、トップスが目に入ったのでチーズケーキを買って帰って二人で食べた。私はチョコレートケーキがよかったがサイがチーズがいいと言い張った。

晩ごはんは照り焼きチキン、大根とキャベツのお味噌汁、サイが作ったチーズ入りだし巻き卵。卵焼きがサイの担当になっていて、さあ卵焼くよーというと「サイくんやるから!」と台所に椅子を持ってくる。卵を割るのもすっかりうまくなった。


3月24日(日)
午前中、テレビを観ながら洗濯、掃除。ジオウ面白かった。サイはリュウソウジャーのエンディングの踊りがお気に入り。家で昼ごはんを食べてから電車に乗って東京駅へ。プラレールショップに行き、Zくんの誕生日プレゼントを買った。地下の人混みで疲れたので、資生堂パーラーでソフトクリームをテイクアウトして地上にのぼり、駅のすぐ横のベンチで食べた。それからサイが屋上に行きたいと言ったが大丸に屋上はないので丸の内側まで歩いてKITTEの屋上。初めて来たが新幹線が眺められてなかなか面白かった。取り囲む高層ビル、駅に吸い込まれていく米粒みたいな人々や停車するはとバスが、自分は今東京駅にいるぞ、という気持ちにさせた。
歩き回って疲れて帰宅。晩御飯はそばめし。サイはよく食べてくれた。食後に昨日のケーキの残り。ろうそくを刺したらサイは大喜び。誰の誕生日でもないがハッピーバースデーを歌った。


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ソメイヨシノの木々の隙間が日に日にピンク色で埋まっていくのが家のベランダからも見える。桜が取り立てて好きだというわけではないのに、咲いているのを見ると毎年嬉しくなる。単純に、春の訪れに気分が高揚するのかもしれない。暖かくなると散歩したり動きたくなってそわそわする。今は無性に絵が描きたい。水彩画。描きたい絵も頭の中にある。それから本がたくさん読みたい。好きな人に早く会いたい。そういう衝動は本能的というか、春になったら動き始める虫や動物と何も変わらないんだろうなと思う。