カニ日記

日記のような記録

紫陽花の涙

6月4日(月)

昨日サイとヒーローショーを観て楽しく遊んでいると考えずに済んだが、職場に向かっていると先の不安がずんとやって来て朝からどんよりとした気分だった。昼にパン美人と話して少しだけ気分が晴れた。夜、昨日食べたいと言われたが作れなかったため、サイとの約束どおりハンバーグを作った。新玉ねぎだと炒めずに肉と混ぜられるし、多めに入れてもじっくり焼くと甘くて美味しかった。取り立ててここに記す必要もないが私は新玉ねぎが好きだ。味も色も形も。絵に描きたくなる。サイはよく食べてくれた。


6月5日(火)
それぞれシリアルを食べてバタバタ出発。日差しがきつい。首が焼ける。どんなにダサくてもいいから首が絶対焼けない装備があったら欲しい。

夜。お迎えに行って教室の窓越しにサイと目が合うと、警察官のように額に手を当てキリっとした顔をされた。だから今日は応戦にきた味方という設定にした。いつものようにHくんと園庭で暴れまわる。やはりHくんのお父さんと私は口を利かずぼんやり二人を眺める。Hくん家は私が勝手に妄想していた父子家庭ではなかった。もうすぐ二人目が生まれるからHくんのお母さんはお迎えに来られないだけだった。ということが先週の懇談会で分かった。それはいいことなのだけれど誰もがきっちりした家族であることに少しだけ孤立を感じている。そもそも「家族」という概念が苦手だ。屈託のない笑顔でHくんに「あしたサイくんちいくからね!」と言われる。二人で勝手に約束したらしい。もっと別の言い方ができたかもしれないが私はモヤモヤと考えていたのでつい、「うーん明日は難しいなぁ」とはっきり言ってしまった。「また来てね」となぜか言えなかった。それを聞いたHくんのお父さんが「こらっ何言ってんだ」とHくんに言った。いや、子どもの話だし全く迷惑とかではないんです、ただ私がモヤモヤしていたせいでうまく答えられなくてすみません、と内心で思ったが口には出さなかった。

帰宅した途端、サイは機嫌が悪く大きな声で泣き喚く。これは他の子もそうらしいが、保育園では泣くことが一切ないらしい。お菓子を食べるか聞いてもダメ。ソーセージを食べたいというので渡したらビニールが綺麗に開けられず(手伝っても怒る)また喚き散らす。でも構ってばかりもいられないので晩御飯を作る。「今日はサイくんの好きな親子丼だよ~」と言っても「たべない!おなかいっぱい!」の一点張り。食卓に座るように言うとサイが私の椅子に座って私がベビーチェアに座るよう怒りながら指示してきたので従った。機嫌が悪い時、これ見よがしにフォークで汁物を飲もうとしたり、服を変な風に着て「みてよ!」と言い、「ルールや常識に反抗している俺」をアピールして更に私を怒らせようとする時がある。私も強要されることもある。でもそれが食べ物を粗末にするなど、許せないことでなければ「別にいいんじゃない?」と言ってやらせるし一緒にやる。何でも臨機応変にやらなきゃいけない。まだ不機嫌だったが「ちょっと食べてみてよ」と言うと親子丼を渋々口に入れ、好きだから美味しかったようでそれから大人しく食べ始めた。やれやれ。自分で指示した癖にベビーチェアに座っている私を見て「おかあちゃんそのいすすわれるの?おしりちっちゃくなったから?」と聞かれたので笑ってしまった。食後にアイス。

サイは落ち着きを取戻し、お店屋さんごっこをしていた。私は疲れてソファに座って放心していた。部屋が荒れ狂っていたが今はこれに対応できない、と思った。イヤイヤ期が再来したのは、私の最近の不安が顔に出てしまっているからだろうか、などと考えていた。育ってきた環境からか、何か良くないことがあると自分をすぐに責めてしまう思考回路が身体に烙印のように染みついていて、いい加減その烙印を消したいと思っていても、拭えていないことを時々実感する。何かある度に「○○が悪い」といつも言われてきた。だから私はサイにそういうことは絶対言わないと決めている。「サイが○○してくれたから良かった」と積極的に言うようにしている。子どもを泣き止ませない親がどうたら、という話を最近よく聞くが子どもが泣く理由も知らない癖によく言えるなと思う。子どもの本当の気持ちなんて、どれだけ偉い大人が分析しようが研究しようが、結局その子自身にしか分からない。親が聞いても泣いている原因が何か納得する答えが得られず推測するしかない場合が多い。子どもだって大人と変わらず一人の人間だ。大人に分かられてたまるか、という気持ちくらいあるはずだ。入浴後、就寝。サイが寝た後片付けをする予定が朝まで眠ってしまった。


6月6日(水)曇り時々雨
「6月6日に雨ざあざあ降ってきて」という絵描き歌があったなぁと急に思い出した。雨が降りそう。梅雨が近づいている。寝起きはまあまあ良かったが、サイは朝から超がつくほど機嫌が悪かった。最近イヤイヤ期が王政復古。ギャーギャー全力で泣き喚きながら朝ごはん食べたくないと言い続ける。食べたくないなら一食ぐらい抜かしても仕方がないと一人で先に食べようとすると「たべちゃだめーー!!ぎゃーー」と私が食べるのさえ阻止してくるから困った。それから「おなかがすいたーーぎゃーー」。用意すると「ここでたべたくないぎゃー」と泣き続ける。結局サイは台所で立ったままヨーグルトを食べ(ここに置いてと言われた指示どおりにしたのに「とどかないーーぎゃー」)、最終的に自転車に乗りながらあんぱんを食べた。やれやれ。イヤイヤ期は慣れたが、出発前など時間がない時は本当に勘弁してほしいなと思う。あまりにも酷いと手がつけられないので言い争うようなことはせず、例えあり得ないことを言われてもサイの言う通りにするか後は黙って放置している。

餃子が焦げて皮が全部フライパンにくっついて剥がれた。悲しい。サイは練習中のお箸がうまくつかえず癇癪を起していた。イライラしたのかお皿に入れたポン酢をわざとテーブルにぶちまけたので叱った。サイは私が叱ると必ず泣く。私だってなるべく叱りたくないけれど食べ物を床に投げたり遊びで無駄にした時は叱るようにしている。わんわん泣き続ける。なぜ私に叱られたか、どこが悪いのか全く理解してもらえなくて、それを伝えるのが難しい。食後にアイスを食べて機嫌が直った。私がネットで一目惚れして買ったぬいぐるみについて、「ねぇ、かわいい白くまのお人形買ったよ」と言うと「おかあちゃんはおとなでしょ!おにんぎょうもったらだめ!」と言われる。そうか、でも大人だってぬいぐるみを持ちたくなる時もあるんだよ。入浴後、就寝。ライブのことを考えたらドキドキして明け方まで眠れなかった。少し部屋の片付けをした。


6月7日(木)曇り
明け方まで眠れなかったせいで寝坊。サイは機嫌がよく大人しく朝ごはんを食べてくれた。よかった。ルパンイエローのカードを持ってきて「これなんていうなまえ?」と聞くので「ルパンイエローでしょ」と言うと「ちがう!おかあちゃんがきのう(先日の意)いってたやつ!」「ん?あ!うみかちゃん?」「そう」にやにや。「変身する前の女の子の時はね、うみかちゃんって言うんだよ」と教えた。いまいちピンときていないようだった。プリキュアもだが、変身前後で違う名前になるのがいまいち理解できないらしい。

夜。恵比寿にて大森靖子さんのライブ。COCOROMツアー初日。3月以来。初めてのリキッドルーム。会場から開演までいつも愉快な話をしてくれる知り合いが偶然隣にいたので緊張が紛れた。でもライブ前の緊張でうまく会話できなかったことを後から申し訳なく思った。ライブ開始早々それが何か特定できないが今までにない感情が湧き、終演後もその感情はまだ言語化すらされていない。来週の神戸公演を観たら分かるだろうか。少し髪を切って、胸元に黒いリボンタイがついた真っ赤なワンピースを着た大森さんは性別や年齢のない世界の主人公みたいで、異世界的な可愛さに混乱した。

ライブで大森さんが着ている服(ワンピース)がどんぴしゃ好みな時が多い。好みというか、正確には自分には似合わなさそうで着る勇気がないけど好きだなと思う服をいつも着てらっしゃるのでうっとり眺めてしまう。大森さんはレースや切り返しなどディティールに作り手の想い入れがあるような洋服をよく纏われている。MCで言われていた、ライブ用衣装を選ぶ際、「ぶりぶりしすぎずかわいくてカッコいい服」を選んでいるというのが同年代として物凄く共感できた。近頃、ブリブリした服を纏うのが怖くなったし、なんて可愛い服だとときめいて試着するとあれ何かおかしいなと違和感を感じることが前より多くなった。でも妥協して無難な服を着るのは嫌だ。好きな服を纏いたい気持ちとそれを纏った自分を見つめる自分とのせめぎ合い。若い時にはこういう感情はなかった。年齢なんて気にせず好きな服を着るのがもちろん一番良いに決まってるが、悲しいことにそう思うことができない。帰宅してからライブのことや他の考え事をしていたら明け方になった。


6月8日(金)
金曜日のお迎えは子ども達が園を出た後園庭で走り回って遊んでいても親は明日が休みということで何となく許容していて、他の曜日に比べて弛緩した空気が流れているのを感じ取る。私はそれがけっこう好きだ。疲れているけど笑っている、みたいな。他の曜日はそうはいかない。この後帰宅して夕食を作って食べさせてお風呂に入れて歯磨きして寝かせる、その一連のタスクをどうこなすかそれに必要な自分の体力はあと何パーセントか…、と脳内で算出しているようなコンピューターぽい顔をどの親もしている。走り回ってる子どもたち微笑ましいわね、なんて顔は誰一人していない。一つのタスクがずれたらゴール(寝かしつけ)の時間がずれ、そうすると寝る前にギャン泣き、次の朝起きてくれないなど更に影響が及ぶ。だからとにかく早く帰りたい。それが金曜日となると、うまくいかなくても所詮次の日は休みという余裕から脳内算出を辞めるため、ゆるっとした空気が流れる。子どもも空気を感じ取ってぐずりも少ない。先生もどことなくいつもより嬉しそう。だから休日前は全員気分が良い。とはいえ、土曜日働いている方もいるだろうが。

食材がなかったのでソーセージとトマトの卵炒めという朝食みたいな夕食。サイはトマト炒めを食べてくれなかった。ソーセージの皮を嫌がって器用に剥いていた。夕食後、アンパンマンを観てから入浴後、就寝。


6月9日(土)晴れ
午前中、洗濯片付けなど。あまりにも暑いので今年初クーラーをいれた。前はいつまでクーラーを入れずにいられるか我慢大会みたいなことをしていたが、サイも私も暑さでイライラするより快適に過ごしたい。

午後からサイと一緒に渋谷・大盛堂書店にて行われた大森靖子さん新著『超歌手』サイン会。大森さんのサイン会は初めてだったのでどんなのだろうかと朝から緊張していた。ベビーカーなしでサイを連れて渋谷の街を歩くのは初めてだったのでそれだけで疲れてしまう。大盛堂書店はスクランブル交差点を渡ってすぐ目の前にある小さな書店で、サイン会が開催されると知り始めてその存在を知った。Wikipediaやネットで拾った記事を読んだ限り大盛堂書店は歴史ある書店のようで、元軍人の創始者・舩坂弘氏はなかなか凄まじい人生を送ってきた人物ということが分かった。地獄のような戦場で何度も死の淵に立たされながら這い上がって生き長らえた伝説のような逸話は「生」への執念すら感じる。そんな人が始めた書店は渋谷のド真ん中にあり、大型書店が次々と台頭する中で同じ場所で経営を続けてきたのは船坂氏の生き様に通じるのかもしれない、などと考えつつ街の書店ファンとして一体どんな書店なのだろうとわくわくしていた。

作家などのサイン会では大勢の人が同じ会場に集まって混雑するのを避けるため、大体の場合においてそれぞれ整理番号に応じた集合時間が決められていることが多い。今回もそうだったが、おそらく細かく時間が設定され、広くはない店内に人が溢れないよう細心の注意が払われている感じだった。冷房も利いていて待つ場所がきちんと決められていたので、待っている時間は長かったがストレスは感じなかった。この書店はすごい、とその時点で感じた。サイも買った幼児雑誌を読んだり、前にいたサイの好きなお姉さんに構ってもらったおかげで機嫌良く待っていた。順番が近づいてくると大森さんが話している声がしたが、想像以上に一人あたりの時間が長く、そんなに話せる感じなのかと更に驚いた。サイン会は私の知る限り、著者が署名するのを見守って握手しておしまい、ということが多いので、署名中に話しかけない限りは何か話したくても話せないまま終わることが多い。一人ずつと友達のようにじっくり対話しようとする大森さんに触発され、みんなそんなに喋るのかというほどよく話していた印象だった。大森さんはやっぱり優しい人だとしみじみしていたら順番が来て、後ろに人がいることで上手く話しかけられず黙っていたら着けていたお気に入りのネックレスを褒められたが明るい返しができず、その後もまごまごしていたら「ブログ読んだよ」と言ってくださった。そこは「ありがとうございます!」、と言うべきなのになぜかお礼が言えず狼狽えていた。サイはサイで朝即席で作ったナナちゃんのTシャツを着ていたから「ナナちゃんのこと好きなんでしょ」と言われたが黙っていて、「好きなくせに~」と言われて更に固まっていた。サイに言われていたが大森さんに好きな気持ちを素直に表せない自分に言われているような気持ちにもなって、あぁと感極まっていた。来る前にサイと選んだ大森さんのプレゼントとサイが描いた大森さんの絵をサイから渡してもらおうとするもサイは断固拒否し、大森さんが笑って「ちょうだいよ~」と手を差し出すも固まっていたため、私から渡した。親子でどうしようもないなと思いつつ退散しようとすると、大森さんが握手を求めてくださり、握手のことをすっかり忘れていたので動揺して握手をし、サイは握手を嫌がるだろうと思った大森さんはハイタッチしようとサイに向けて掌をすっと差し出した。サイはどうするかなと見守っていたらそこだけは真面目くさった顔でそっと大森さんの手に自分の手を合わせ、でも恥ずかしいので反抗期の中学生みたいに顔をぱっと背けて終了した。大森さんが広げたパーの手が少しマジックで汚れていたのがたまらなく可愛いなと思った。

せっかく二冊あるのでサイと私の名前をそれぞれ書いてもらった。署名は本当に丁寧で絵もかわいくて愛おしかった。サイが大きくなるまで大事に置いておきたい。私は奥付に署名してもらった。地味だしスペースがやや狭かったが、「大森靖子」と書いてある奥付に今日の日のことを刻んでいただきたいと思った。奥付はその著作が存在する証だと思っている。本が生きた証。私の名前を書いてもらった署名には「ちょーえらい!!!」というメッセージが添えられていて、人から偉いと言われたのなんて最近記憶にないし、毎日自分が子育てや仕事や家事をしていることに対してこなせているという意識が全くないため、偉いだとか思ったことはなかった。そうか、私は偉かったのかと、好きな人に言われて初めて気付き涙が出るほど嬉しかった。

サイン会終了後、お店の外で知り合いと話したりしていたが、サイも私も空腹が限界に達しその場を離れた。サイはその間、少しもぐずらず偉かった。乗り換えの駅で二人でラーメンと蕎麦を食べて帰宅した。サイは寝る前に大森さんのことや会った人のことを一人一人回想していて、私が気付かないようなことも教えてくれて、固まっていたり無反応だったが実は周りをよく見ていて、受けたものをじっくり反芻していたことを知った。サイのそういうところが私は好きだ。苦手な渋谷の喧騒に疲れたが好きな人に会いに行けた。ありがとう、サイ。


6月10日(日)雨
朝から雨。朝ごはんを食べてプリキュア。三週連続泣いた。プリキュアは「なりたい自分になる」をきっとテーマにしていて、性別や立場にとらわれず自分のやりたい夢を叶えればいいと主張しているストーリーが多いのだが、今週はアンリという男の子がファッションショーでドレスを着て歩くこととえみる(女の子)とルールー(アンドロイド)がヒーロー(プリキュア)を目指すことを中心に話が進んでいた。えみる兄の「ヒーローって男のための言葉だよ。女の子は守られる側だろ」という発言は今時こんなこと言う人いるのか、とやや時代錯誤な気もしたが、子どもに訴えかけるにはそれくらいはっきりした台詞が必要なのかとも思った。それでも「僕は自分のしたい格好をする。自分で自分の心に制約をかける、それこそ時間の無駄。人生の無駄だ。」というアンリの言葉は自分に言われているようで、色々と考えされられた。

それから幼児雑誌の付録のお茶セットで遊ぶ。サイは気に入った様子で紙のテーブルに甲斐甲斐しくお茶やお菓子(紙)を用意し、ぬいぐるみ達を呼んでパーティーを開いていた。この子にはこのケーキと配分していた。moppyで買った新入りの白いクマに昨日はちょっと冷たかったが、今日は少し優しくかった。

そうこうしていたらお昼になったが冷蔵庫に食材が何もない。雨の中買い物に行くのが面倒だなぁと思って戸棚を漁ったらホットケーキミックスを見つけたのでそれでホットケーキを焼いた。サイは粉を混ぜたりフライパンに生地を流し込むのをやりたがったので、熱いフライパンに手が触れないよう注意してやらせた。二人で生地が膨らんでいき、ぷつぷつと穴が空く様子を観察した。「ほら、見てごらん、穴がぷーって膨らんでそれがぱんってなるよ」と教えるとじっと見て「わぁーーー」と喜んでいた。静かで平和な時間だった。結局サイはホットケーキにバターを乗せるところまでうきうきとやったにも関わらず、一口も食べなかった。だから私が全部食べた。サイは私が食べようと思っていた冷凍パスタを食べた。ホットケーキというのは作る過程の方が断然楽しい。食べるとあれこんなもんか、という味だ。

サイが昼寝したら私は『超歌手』を少しだけ読んだ。わりと速読だと自負しているが、冒頭から読んでいると涙がどんどん溢れてきてその度に鼻をかんだりしていたのでなかなか先に進めない。本を読んでこんな状態になったのは初めてだ。やっぱり大森さんの書く文章が好きだなと思っていたらサイが起きたので中断。それから二人で夕食の買い物に出かけた。自転車で行ってもよかったが、紫陽花が見たいと思いそれぞれ長靴とレインコートを装備して歩いていくことにした。しとしとと雨が降る中咲き誇る満開の紫陽花は美しかった。泣いているようだった。サイと綺麗だねぇ可愛いねぇと言い合った。何色もグラデーションになっている紫陽花の色合いが好きだなと思った。買い物をして、また徒歩で帰ろうと道を歩いていたらサイが突然「おかあちゃんきらい!」と言いわんわん泣き出した。泣くのはどんどん酷くなり、何を言っても泣き止まず、「アイスたべたい!!」など泣いている理由も変わっていった。多分雨の中歩くのが疲れたのだと推測した。その場から動こうとしなかったので先に行くよと少しだけ先に歩いたら更にギャン泣きし、絶叫していた。振り返ると顔をぐしゃぐしゃに塗らして青いレインコートを着たサイがぽつんと立っていた。その後ろに満開の紫陽花が咲き乱れていて。雨がざあざあ降っていて。この光景はきっともう今この瞬間しかないだろうな、いつか忘れてしまうんだろうな、とサイが泣いているにも関わらず私は愛おしくなった。サイは結局家に帰るまで泣き止まなかった。夕食は30分で作ったトマトキーマカレー。なかなか美味しくできたがサイには辛かったのか一口くらいしか食べなかった。サイに「さっきサイくんないてたでしょ」と言われたので「うん、なんで泣いてたの?」と聞くと「おかあちゃんがきらいだったの、でもいまはすきだよ」と言われた。よく分からないがいちいち言うのが可愛いなと思った。入浴後、就寝。いよいよ梅雨だ。